第13.相続の放棄のメリット・デメリットと相続の放棄の期間・手続
1.相続の放棄の定義と効果
相続人は、被相続人の死亡時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するのが原則です(民法896条)。
しかし、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所で相続の放棄の申述をすれば、はじめから相続人とならなかったものとみなされます(民法915条、939条)。
具体的には、家庭裁判所に相続の放棄の申述を行い、これが受理されれば、相続が開始したときにさかのぼって、一切の権利義務が生じなかったことになります。
なお、相続の放棄をする前に、被相続人の遺産を原資にして借金を払ったり、遺産を処分したり、遺産を費消してしまうなどの相続の放棄と矛盾する行動をとってしまうと、原則として、相続の放棄が受理されなくなってしまいます(民法921条1号)。
相続の放棄の定義には誤解が多く、遺産をもらわないことをもって、相続の放棄をしたと誤った認識をされることがあります。しかし、遺産をもらわないだけでは相続人であることに変わりはないため、借金の取り立てを受けることになってしまいます。
また、故人が第三者の保証人になっているときも、保証人の地位は相続されないと誤解されていることが多いです。しかし、家庭裁判所で相続の放棄をしないと保証人の地位を引き継ぐことになります。これを放置していれば、自己破産手続に至るおそれがあります。
2.相続の放棄のメリット・デメリット
相続の放棄のメリットは、借金などのマイナスの財産を引き継がなくてよくなるということです。一切の財産的な権利関係を放棄できるため、連帯保証人の地位も引き継がなくてよくなります。
一方、相続の放棄のデメリットは、プラスの財産も含めて、手をつけてはいけなくなることです。相続の放棄をすると、相続権は、他の相続人に移り、遺産は他の相続人のものになります。故人の持ち家に住んでいる場合には、相続の放棄をすると、自宅も含めて失うことになります。相続の放棄をする場合は、十分に注意しましょう。
3.相続の放棄の期限の起算日と終期
相続の放棄の申述期限は、相続の開始があったことを知った時から3か月です(民法915条1項)。
例えば、平成30年3月30日の午後2時に死亡し、同時に、相続人が相続の開始を知ったとします。
その場合の3か月の起算日は平成30年3月31日となります。3月30日は端数として切り捨てます(民法140条本文、初日不算入の原則)。
そして、3月31日から3か月は、6月30日となります。このように、月の途中から起算する場合、最終月の起算日に応答する日の前日に期間が終了となるのが原則です(民法143条2項本文)。しかし、暦上、起算日3月31日の応当日である6月31日は存在しません。その場合、最後の月の末日(6月30日)に満了することになります(民法143条2項ただし書)。
なお、相続の開始を知った時から3か月を過ぎても相続の放棄ができる例外が2つあります。
1つは、3か月以内に、事前に、申述期間の延長を家庭裁判所に申立てをする方法です。たとえば、遺産がまだ調査しきれていないというケースでは、通常3カ月程度延長することができます。
もう1つの例外は、期限が過ぎていても、過ぎたことについて正当な理由がある場合です。
4.期限を過ぎた相続の放棄の手続
相続開始を知ってから3か月が経過し、延長の手続きもとっていなかった場合、相続の放棄の申述は、不受理となるのが原則です。
しかし、申述期間を過ぎたことに正当な理由があれば、実務上、申述期間の起算日をずらす方法によって、受理されています。
正当な理由は、遺産との距離や、故人の交流の程度、借金の金額・種類、取り立て状況などの事情を総合的に見て、判断します。
この場合は、法的な判断を必要としますので、専門家を代理人とすることが通常です。
借金の種類が保証債務であり、死亡後何年もたって初めて取り立てがあって気づいたけれど、遺産はすでに葬儀費用などに費消されて無くなっている場合や、幼少のときに親が離婚して音信不通となっていたなどの事情がある場合は、正当な理由は認められやすくなります。
一方で、ずっと故人と同居しており、故人の通帳に借金の引き落としが継続的に記録されていた場合や、遺品の消費者金融からの督促状がきていたが怖くて連絡してなかった場合など、調査を尽くしていないと評価される事情があると、正当な理由が認められづらくなります。
それでも、借金の全体額が、遺産の総額に比して過大である場合などであれば、相続放棄が受理される可能性は全くない訳ではありません。
5.相続の放棄と借金の取り立ての関係
家庭裁判所で相続の放棄が受理されると、形式的には当初から相続人ではなかったことになります。
債権者が、相続の放棄をした相続人に対して取り立てを行うには、債権者が民事訴訟を提起し、相続の放棄の手続に虚偽があったことを証明しなければなりません。しかし、事実上、債権者がこれを証明することが難しいため、取り立ても止まります。
裁判所は、相続の放棄が受理されたことを債権者に通知してくれません。そのため、相続人は、裁判所から相続の放棄が受理されたことの証明書を発行してもらい、これを、取り立てをしてきた債権者に郵送する必要があります。これによって、債権者は取り立てをあきらめるでしょう。
なお、相続の放棄をした後でも、どうしても支払をしたい、又は、しなくてはいけない債権者がいるような場合、遺産からではなく、自分の財産から支払をすることまでは禁止されていません。例えば、親戚からの借入などを、子供たちが払っていくような場合です。他の債権者からすれば、一見不公平に思われるかもしれませんが、遺産に手をつけていなければ、何ら問題はありません。
6.相続の放棄後の遺品の管理
相続の放棄をした場合に、被相続人の家や家具、遺品などの財産は、だれの物になるのでしょうか。
法律では、他の相続人が財産管理を始めるか、または相続財産管理人という管理者が管理を始めるまでは、相続を放棄した者は、財産の管理を継続する義務が定められています(民法940条1項)。
相続人の全員が相続の放棄をすると、債権者は、相続放棄者に借金の請求ができません。そこで、故人の財産は借金の返済原資になるので、債権者のために遺産を保全する義務を相続放棄者に課したのです。
なお、相続を放棄した後でも、相続財産の一部を隠匿したり、ひそかに消費したりした場合には、相続を承認したものとみなされ、相続放棄が無効になります(民法921条3号)。
故人の賃貸物件の明渡しのため、やむを得ず、家具などを移動させる必要がある場合には、あとで隠匿と言われないよう、大家さんなどに保管場所を伝えておくと良いでしょう。
もし、自分たちでは管理ができないような遺産があるときは、速やかに相続財産管理人の選任を申し立てましょう。
7.相続財産管理人の選任とは相続放棄と生命保険金の関係
相続の放棄の申述を行うと、相続人ではなかったことになります。
第1順位の相続人(子など)が全員放棄をしたときは、第2順位の相続人(親など)に相続権がまわってきます。
第2順位の相続人が全員放棄をしたときは、第3順位の相続人(兄弟)に相続権がまわってきます。
それでは、これらの相続人の全員が相続の放棄を行った場合、遺産はどうなるのでしょうか。現状の制度では、以下のとおりになります。
① 放棄をしても直ちに国のものにはなりません。
② 国のものにするには、誰かが家庭裁判所に相続財産管理人の選任を申し込む必要があります。
③ 相続財産管理人の選任の申し込みには、費用が数十万円かかります。
④ 相続財産管理人が選任されるまで、相続を放棄した人にも財産の管理義務が残ります。
相続財産管理人とはどういう仕事をする人のことでしょうか。例えば、親族が相続を放棄する場合は、故人に借金がある事案が多いです。そこで、債権者が複数いる場合に、きちんと遺産を換価(お金にかえる)して、債権額に応じて配当をする仕事を相続財産管理人が行います。その後、余った財産を国が引き取ります。
この相続財産管理人の費用は、親族が負担しなければならないというルールはないのですが、誰かが負担しないと手続が進まないので、遺産を放置していると困る人が、負担することになる場合が多いです。
債権者が遺産を競売するなどの目的で申し込む場合もありますし、放棄をした親族が建物の管理を免れる、もしくは、買い取りたい等の理由で申し込む場合もあります。
8.相続の放棄と生命保険金の関係
相続の放棄をすると、プラスの遺産も全て放棄する必要があります。
しかし、相続の放棄をしても、生命保険金で受取人が相続人として指定されているものは、相続人が受け取ることができます。
これは、生命保険金は、遺産ではないと考えられているからです。相続の放棄をしたけれど、生命保険金は遺産ではないから、放棄者も受け取ることができます。
このことを知らないで、保険金を受け取る目的で単純に相続をしてしまうと、借金があるような場合では、生命保険金が借金の支払に消えてしまう可能性もあります。
9.相続の放棄と他の相続人への影響
相続の放棄をすると、自分は相続人でなかったことになります。
すると、次に、①誰が相続人になるのか、②その相続人の相続分はどうなるのか等の問題が生じます。
①については、後順位の相続人がいる場合には、その者が相続人になります。
そして、②については、①の相続の順位によって法定相続分が変わってきます(民法900条)。
10.最後に
以上のように、相続の放棄にはメリットとデメリットがあります。また、やってしまうと放棄が受理されなくなってしまう禁止事項や、放棄後も管理義務がどうなるのか、自分が放棄することで他の相続人の持分はどう変動するのか等、複雑な法律関係を生み出します。
そのため、弁護士等の専門家に相談しながら進めるのが良いでしょう。
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