第11.遺産分割の全体像(遺産分割協議書の作成・法定相続分・具体的相続分・寄与分・特別受益・分割方法)
1.遺産の分け方・遺産分割協議書の作成
遺産をどう分けるかを決めるにあたっては、まず、だれが遺産分割の当事者(相続人)になるかを確認する必要があります。
相続人は、戸籍の記載と民法の規定によって定まります。
相続人が確定したら、相続人のそれぞれが、遺産に対する持分をどれだけ持っているか確認する必要があります。
相続人の持分は、法律で定められている「法定相続分」という割合を基本とし、これに個別事情を加味して定める「具体的相続分」によって確定します。
具体的相続分が決まったら、その範囲内で、どの遺産を選択するか相続人全員で協議します。
遺産分割協議が済んだら、だれが何を取得するか取り決めた文書(遺産分割協議書)を作成し、これを金融機関や法務局に提出し、遺産の名義変更や現金の分配を行います。
2.法定相続分
法定相続分とは、相続人が取得することができる相続財産の総額に対する分数的割合をいいます(民法900条)。
この割合は、被相続人が遺言書で事前に修正することもできますが、特に、指定しなかった場合の割合については民法900条に定められています。
【民法900条】
同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるところによる。
① 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各2分の1とする。
② 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、3分の2とし、直系尊属の相続分は、3分の1とする。
③ 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、4分の3とし、兄弟姉妹の相続分は、4分の1とする。
④ 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
3.相続人間での相続分の譲り合い
(1)遺産分割の当事者から脱退するには
遺産分割の当事者である限り、不動産の共有者の地位や、裁判にまきこまれるおそれは続いてしまいます。
そこで、相続人のなかに、遺産争いに関わりたくないという人がいる場合には、①「相続の放棄」、②「相続分の放棄」、③「相続分の譲渡」という遺産分割の当事者から脱退する3つの方法があります。
①相続の放棄
相続の放棄は、死亡の事実を知ってから3か月以内に家庭裁判所で相続の放棄の申述を行うことで、相続人の資格を失わせる制度です。
相続人の地位がなくなれば、遺産分割の当事者ではなくなるので、遺産分割協議書や委任状などの書類に押印を求められることはありません。
債務も負うことはありません。調停にも参加する必要がありません。
夫婦ABの間に子CDEFがおり、Aがなくなった事例で、DとEが相続の放棄をした事例で相続の放棄の効果を説明します。
相続の放棄前
B・・・2分の1
C・・・8分の1
D・・・8分の1
E・・・8分の1
F・・8分の1
相続の放棄後
B・・2分の1
C・・・4分の1
D・・・持分無(相続の放棄)
E・・・持分無(相続の放棄)
F・・4分の1
DとEが相続の放棄をしたことで、子供が4人いたのが、2人に減ったので、妻と子供が2人の事例として計算され、子供のCとFの相続分が増えます。
②相続分の放棄
相続分の放棄は、自己の持分を、他の相続人に、他の相続人の持分に比例する形で、帰属させることをいいます。
なお、相続分の放棄を行っても、債務までは離脱できないと考えられており、積極財産のほうが多いけれども、自分は権利はいらず、どの相続人の味方もしたくないというときに、行うことがあります。
実務上、自分の財産はないことの確認をするため、調停には参加しなければなりませんし、押印を求められます。
夫婦ABの間に子CDEFがおり、Aがなくなった事例では、DとEが相続分の放棄をすると、相続人は、依然として5名のままですが、Bが6分の4、CとFが6分の1ずつの相続分となります。
③相続分の譲渡
相続分の譲渡は、相続分の放棄と似ていますが、自己が失った権利が、他の相続人に平等に分配されるのではなく、自己の持分をそのまま、特定の相続人にのみ移動させることができます。
これを行うと、債権者との関係では債務引き受けとなるため、なお、債務から離脱できないことになります。
自分は遺産はいらないけれど、特定の相続人にだけ多く相続してほしいというときに、使用されます。
夫婦ABの間に子CDEFがおり、Aがなくなった事例でいうと、DとEが相続分をBに譲渡すると、DとEは調停手続きから排除されますが、名義変更のために、当事者として形式的に参加を求められることがあります。また、相続分の譲渡の契約書などに押印を求められます。
DとEが相続分をBに譲渡すると、Bの相続分が8分の6に増え、CとFは、8分の1のままとなります。
4.具体的相続分の計算方法
(1)具体的相続分とは
法定相続分による分割が原則ですが、法定相続分で分けるだけでは、公平な解決を図れないこともあります。
その場合、法定相続分を前提に、個々の具体的な調整要素を修正した後に相続分を計算します。これを、具体的相続分と言います。
どのような場合に調整されるかというと、①特定の相続人が生前に故人から遺産の前払いといえるような受益があるとき、また、②特定の相続人が遺産の増加に特別の寄与をしたときです。
前者を特別受益といい、後者を寄与分といいます。
このような場合には、現存する遺産に法定相続分の割合を乗じるのではなく、生前にもらいすぎた相続人は遺産から受け取る金額を減らし、また、遺産の増加に寄与した相続人は遺産から受け取る金額を多く調整します。
(2)特別受益とは
相続人の中に、被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた人がいた場合、他の相続人との間に不公平が生じます。その受けた利益のことを「特別受益」といいます。
被相続人から「特別受益」を受けていると認められた場合には、まず被相続人の財産にその贈与の価額を加えたものを相続財産として計算し、「特別受益」を受けた共同相続人は、法定相続分(または遺言で定められた相続分)から贈与の額を控除されます。
これは、共同相続人間の公平を図るための制度です。ただし、どこまでが特別受益にあたるかの基準は、非常に難しいです。
例えば、AとBの夫婦に、子供が3人(C、D、E)おり、子供はみな未婚の場合。Aが亡くなったときの法定相続分は以下のようになります。
B 1/2
C 1/2×1/3=1/6
C 1/2×1/3=1/6
E 1/2×1/3=1/6
そして、CやDは高校卒業後働いていましたが、Aは、Eだけ東京の私立の大学と大学院にいかせ、さらにはマンションも購入し、計3000万円を援助していたとしましょう。
Aが死んだとき、遺産が6000万円残っていたとします。
この6000万円はどうやって分けることになるでしょうか。法定相続分で計算すると、次のようになります。
B 6000×1/2=3000
C 6000×1/2×1/3=1000
D 6000×1/2×1/3=1000
E 6000×1/2×1/3=1000
たしかに残った遺産だけみれば、兄弟に1000万ずつ平等に分配していますが、Eの生前の3000万円の利益を考えると、他の方と平等とはいえません。
そこで、特定の相続人にのみ、生前にもらった特別の受益がある場合、具体的相続分は次のように計算します。
ポイントは、Eの生前の受益を遺産に足し戻して、これに法定相続分をかけて、それぞれが取得すべきだった持分金額を算定し、実際に残った遺産にこの持分割合を乗じるのです。
B (6000+3000)×1/2=4500
C (6000+3000)×1/2×1/3=1500
D (6000+3000)×1/2×1/3=1500
E (6000+3000)×1/2×1/3=1500
Eの取り分 1500-3000=-1500
→ Eはマイナス(もらいすぎ)なので、遺産からは取得できません。
Bと、C、D、Eは、残った遺産を【4500:1500:1500:0】、つまり、【3:1:1:0】の割合で相続します。これを具体的相続分といいます。
EがAの生前に3000万円を受け取っていたのは、遺産の前払いであるから、3000万円も遺産としてあったこととして遺産に加算し(これを持ち戻すといいます)、それぞれの法定相続分をかけます。そして、Eについては1500万もらえる計算になりますが、すでに3000万円を生前に受け取っているので、もらいすぎということになり、残った遺産からはもらえないことになります(1500万円-3000万円=マイナス1500万円 ※1500万円もらいすぎている状態)。
このとき、Eが1500万円もらいすぎだからといって、返還することまでは不要です。ただし、マイナスになっているので、Eの遺産から取得できる割合はゼロとなります。
実際には、6000万円の遺産を、次のような分け方になります。
B 6000×3/5=3600
C 6000×1/5=1200
D 6000×1/5=1200
E 6000×0 =0
③寄与分とは
相続人の中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養監護、その他、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者がいるときは、遺産にそのまま法定相続分をかけてそれぞれの取得額を出すのではなく、遺産の全体額から寄与分と呼ばれる寄与者の取り分を控除し、残った遺産に法定相続分をかけ、寄与者には最初に控除していた取り分を加算するという分割方法があります(民法904条の2第1項)。
寄与分の計算方法について明確に定めた法律は無く、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が定めます(民法904条の2第2項)。
ア.労務提供型
相続人の1人が、被相続人の家業に従事していた場合に寄与分が認められることがあります。
ただし、一緒に働いていれば認められるというものではありません。被相続人の家業に従事していたことによって、被相続人の財産の維持または増加ができたと言えなければいけません。
例えば、農業を夫婦で営んでいる場合、妻が二人三脚で農業に従事しているのにもかかわらず、全て夫の所得として申告し、妻が給料をもらっていない場合があります。
この場合、1人では作業はできないけれど、第三者を雇用すれば人件費がかかるので、家族が無収入で支えた結果、農業によって遺産が維持・増加したとすれば、配偶者には法定相続分に加えて、さらに寄与分として加算を認める必要があるでしょう。
イ.事業に関する財産上の給付
仕事は一緒に行っていないものの、金銭面で遺産の維持・増加に貢献した場合も、寄与分が認められることがあります。
たとえば、被相続人の借金を代わりに支払った場合等です。
ウ.療養監護型
療養監護についても、被相続人の遺産の維持・増加に貢献している場合に、寄与分として認められます。
例えば、医療費や施設費用を、家族が代わりに払っているような場合です。
また、被相続人が認知症にかかり、本来であれば、介護保険を利用して介護専門職の介護を受けてもおかしくない状態でも、被相続人の意向から、家族がその自宅において無償で面倒を見ていた場合には、少なくとも、介護保険を使用した際の自己負担額の支出を免れ、遺産の維持に貢献したと言えます。
もっとも、家族には扶養義務がありますので、一緒に住み、家事をしていた程度では、原則として特別の寄与とまでは認められません。
エ.寄与分の決め方
相続人間で、寄与分をいくらとするのか、協議することはできます。しかし、寄与分を主張する場合には、おそらく紛争状態にあるでしょう。そのため、当事者では決められず、家庭裁判所で定めることが多いです。
注意すべきことは、寄与分の調停・審判と、遺産分割の調停・審判は、別の手続で、寄与分を求める相続人が、別途申立てをしなければならないことです。
初めから、遺産分割の調停と寄与分の調停を申し立てることもできますし、遺産分割の調停において寄与分を考慮した話合いを続け、遺産分割調停が不成立となり、遺産分割審判に移行する段階で、寄与分の審判を申し立てることもできます。
寄与分について争いが大きい場合には、しっかりと特別の寄与があったことを立証していく必要があるため、遺産分割調停当初から、弁護士と準備していく必要があります。
5.どの遺産を選択するか
遺産が預貯金などの流動資産だけであれば、それぞれの具体的相続分に従って、分けるだけで解決します。
しかし、不動産などの固定資産については、物理的に分割することが困難なケースがほとんどです。
遺産分割の方法には、①現物分割、②代償分割、③換価分割、そして、④共有分割という分割方法があります。
不動産が1つあるという事例で説明します。
① 現物分割は、不動産を分筆してそれぞれ、単独で相続することです。
② 代償分割は、不動産全体について1人が単独名義人になる代わりに、金銭を他方に支払うというものです。
③ 換価分割は、売却して、代金を案分することです。
④ 共有分割とは、1つの不動産を、それぞれが共有者として所有することです。
共有分割は、当事者間の共有状態の継続を認めるだけで、紛争を継続させてしまうことがあるので、その他の分割方法で解決できるのが望ましいでしょう。
6.話し合いで解決しなかったら
遺産分割が話合いで解決しない場合、一般的には弁護士を通じて、再交渉を行います。
遺産分割が当事者間の話合いで解決できない原因としては、遺産の公平な分割案がきちんと検討できていない事案がほとんどです。
弁護士が分割案を一緒に考えることにより、話合いで解決することができることは多いです。
この相続人との話合い(交渉)の代理ができる法律家は、弁護士だけです。
それでも話合いによる解決ができない場合、家庭裁判所の遺産分割調停などの法的制度を利用することになります。
調停は、調停委員が間に入りますが、相続人の求める分割案を認めてもらうには、相続人と弁護士が協力し、裁判所に書面や証拠を提出していく必要があります。
調停でも解決しない場合には、裁判所が終局的な解決案を裁判によって提示します。これを遺産分割審判といいます。
この審判においても、主張書面や証拠を提出する必要から、弁護士に依頼することが多いです。
調停や審判は、非公開とされており、その交渉状況を部外者に見られることはありません。また、もめている親族同士が対面せず手続を進行させることも可能です。
相続争いをトータルで解決するには、複雑な知識や交渉が必要となることが多いため、個人で手続を進めることができないことも少なくありません。
このような場合には、弁護士に依頼することで、早期に相続手続を解決することができます。
- 第1.死亡後に必要な届けや手続きの一覧と届出先・必要なもの
- 第10.相続に必要な出生から死亡までの戸籍謄本等の取り寄せ方
- 第11.遺産分割の全体像(遺産分割協議書の作成・法定相続分・具体的相続分・寄与分・特別受益・分割方法)
- 第12.死亡直後に問題となる故人の契約(賃貸契約・水道光熱費・クレジットカード)の相続手続・清算方法
- 第13.相続の放棄のメリット・デメリットと相続の放棄の期間・手続
- 第14.死亡した家族の所得税・相続税の申告・納税の手続
- 第15.家族が業務中に死亡した場合の労災保険の申請や損害賠償の流れ
- 第16.遺産分割協議書には何を書けばいいのか
- 第17.遺言書による名義変更・相続手続の流れ
- 第18.遺留分を裁判所で争う訴訟のポイント
- 第19.遺産分割の調停と遺産分割の前提問題に関する訴訟のポイント
- 第2.遺族が忘れずに申請しておくべき葬祭費・埋葬料・遺族年金などの手続
- 第20.遺産分割事件の長期化によるリスク
- 第21.相続時に親子関係や認知を裁判で争うポイント
- 第22.使途不明金を争う訴訟のポイント
- 第3.葬儀費用と香典で遺産相続トラブルを避けるための記録・清算のポイント
- 第4.お墓の管理と相続でトラブルにならないための2つのポイント
- 第5.葬儀費用を争う訴訟のポイント
- 第6.故人の免許証の返還手続
- 第7.遺産(不動産、保険、株式、投資信託など)の名義変更・相続手続
- 第8.遺言書の発見と確認方法
- 第9.相続権を持つ親族と相続順位