~自己財産の管理・運用、相続のために~
事例8 停止条件付き信託
(1)事例・希望
Aは50代後半の男性で、自宅土地建物、賃貸アパート、月極駐車場などの不動産を所有している。Aは婚歴なく独身で、すでに父母は亡くなっている。親族には兄夫婦とその子(甥)がいるのみである。今後の資産管理を考えたところ、賃貸アパートについては父から承継したもので老朽化しており、建て替えの計画を立てている。Aはまだ自分では若いつもりだが、配偶者・子がいないため、自己の判断能力が低下した場合の不安を感じている。もしものときには、兄に資産管理を任せたいと考えており、自分が死んだときには兄や甥に資産を承継してもらいたいと考えている。 |
Aさんの希望としては、①自己の不動産について、基本的に自分で管理・運用をして、自己の能力が低下したときに兄に管理を任せたい、②死亡後は兄か甥に財産を承継させたい、ということになります。
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
(2)解決方法
・信託による方法
Aさんは先行きに対する不安を感じており今のうちに、将来の資産管理の道筋を付けておきたいと考えています。このような場合には、停止条件付信託契約を利用する方法があります。「停止条件」とは、一定の事項が成就するまで法律行為の効力の発生を停止する条件のことをいいます。信託法4条4項で「前三項の規定にかかわらず、信託は、信託行為に停止条件又は始期が付されているときは、当該停止条件の成就又は当該始期の到来によってその効力を生ずる。」として、停止条件付の信託が認められています。
停止条件付信託によって、自己の資産を兄や甥を受託者として信託契約を締結しておけば、将来の資産管理の道筋を付けることができ、Aさんの不安を解消することができます。兄としても、Aさんの財産管理を行う責任を本当に必要なときまで回避することができます。
停止条件について、「①Aが心身や意思能力に衰えを感じ、この契約の履行が必要と判断するに至ったときに、受託者(ex兄)に通知することとし、この通知が到達したとき、②当事者が予め協議して決定した判定者□□によって、Aの意思能力が後見人を必要とする程度に衰えたと判定されたときに、判定者がAに代わって受託者に判断結果を書面で通知するものとし、この通知が受託者に到達したとき」などと設定します。
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
注意すべき点としては、まず信託契約は委託者と受託者で契約を締結する必要があるので、信託する財産の範囲や報酬の有無・内容、停止条件の詳細等について綿密な打合せによる合意形成が必要となります。
また、本件では停止条件付きということで、特殊な注意点が2点有ります。1点目は、信託財産の対抗要件についてです。信託財産とする不動産は信託の登記をしなければ第三者に対抗できません。停止条件付信託では条件成就まで信託の効力は生じないので、効力を発するまでは登記の必要がありません。そのため、いざ条件が成就したときに信託の登記をすることを失念してしまうおそれがあります。2点目が、信託財産の変更についてです。契約の時点と停止条件が成就した時点では信託財産が変わっている場合があります。本件Aさんがアパートの建て替えを検討していることから、契約締結後条件成就までの間に新しい建物にした場合には、信託の変更契約を締結する必要があります。リフォームならともかく、建て替えであれば全く別の建物となるからです。
事例9 交通事故被害者と家族の生活支援
(1)事案・希望
会社員男性Aが交通事故に遭い高次脳機能障害を負った。家庭裁判所への申立が認められ高齢の両親が補助人となり、生活をサポートしてくれている。事故に関して補償金をもらっているが、生活をサポートしてくれている両親のためにも補償金を使いたいと考えている。補償金の管理・運用については、妹と弟に任せることができる。脳機能障害でいつ判断能力が低下するかわからないので、いまのうちに手だてを講じておきたい。 |
Aさんの希望としては、①交通事故の補償金を家族も受け取れるようにしたい、②妹と弟に補償金の管理・運用を任せたいというものになります。
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
(2)解決方法
△補助、△贈与
既に両親はAの補助人であり、補助制度の下Aの補償金を管理することができますが、両親が高齢であるため高額な補償金の管理には不安があります。Aが両親に対して贈与をする方法でも同様のことがいえます。妹や弟に管理を任せた上で贈与する方法では、妹・弟が生活に困窮した場合などに自己のために費消してしまうおそれがあります。そして、将来Aの判断能力が低下した場合には、約束を反故にされても対処が困難です。
△委任
Aが妹や弟と財産管理に関する委任契約を締結する方法でも、委任者であるAの判断応力が低下した場合には受任者である妹や弟の監督が困難となります。
○信託
信託を利用し、妹と弟を受託者にすれば補償金の管理を任すことができ、監督も法的に担保されます。受益者をAと両親とすれば両親にも給付金を渡すことができます。
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
信託財産は交通事故の補償金、信託の目的は「A本人の生活・福祉を確保すること」、及び「Aを支える両親の生活を支援すること」とします。
受益者はAと両親とします。そして、信託財産がAの事故に対する補償金なので、A本人の生活支援を主眼に置くべきとも考えられます。この場合には、受益権の内容についても詳細を定めておきます。
例えば、「①Aは生活費及び医療費として年額250万円を受け取る。ただし、医療費などで特別な出費が有れば追加で給付を受ける。②両親に対する給付の内容は、年間120万円を限度とする。ただし、特に医療費などが必要な場合はAが負担する扶養義務の範囲で給付する。③受益権は譲渡・質入れすること及び分割することができない。」などと定めます。
注意する点としては、Aは障害を負っているものの、補助が必要な程度であるため信託契約を締結することが考えられます。しかし、もっと重篤な障害により判断能力が失われてしまっている場合には、信託契約の締結すら難しく、信託の利用が困難です。
事例10 財産の帰属を希望通り決める信託
(1)事例・希望
ア Aは60代男性であり、妻がいる。Aは賃貸物件を所有しており、自身亡き後にはこの物件からの収入を妻の生活に充てたいと考えている。Aには子がおらず、両親も亡くなっているが、弟がいるので法律上Aの財産が弟にも4分の1相続されることになる(民法889条、890条、900条)。Aとしては賃貸物件は妻にすべて相続させたいと考えているが、その他の財産については多くは妻に残したいが、代々承継してきた財産の帰属については悩んでおり遺言をするには至っていない。 イ アで述べた事情に加えて、妻に妹がいるという事情があった。Aからの相続については、Aは妻にすべての財産を相続させたいと考えているが、その後に妻が亡くなった場合には弟に財産が行くようにしたい。特別な手当をしなければ妻が亡くなれば妻の妹に財産が行ってしまうので、自身の弟に財産が行くようにできないか。 |
ア Aさんの希望としては①他の財産については保留したいが、賃貸物件について妻のみに相続させるようにしたい、②遺言による以外の方法を検討したいということになります。
イ アに加えて、Aさんは③妻に全財産を取得させたいが、妻の死後には妻の妹ではなく、自身の弟に財産が行くようにしたいという希望がある場合を考えます。
アの事情
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
イの事情
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
(2)解決方法
・アについて
希望②との関係で、遺言について触れておくと、遺言で妻に財産を遺贈しておけば、弟は遺留分を有さないので(民法1028条)、妻は財産の全部を取得することができます。しかし、今回は一部財産については帰属を決めかねており遺言できないという事情があるため、希望②のように遺言ではない手段、つまり信託による方法を検討します。
本件のように一部の財産については帰属が決まっている場合には信託の利用が適しています。ここでは遺言代用型の信託契約が活用できます。
信託では、賃貸物件を信託財産とし、Aさんを委託者兼受益者、妻を受託者とします。Aさんと妻が信託契約により、家族信託を行うことになります。受託者である妻は、名義上信託財産の所有者となり、信託契約で設定した範囲で信託財差を管理処分する権限を取得します。そして、遺言代用信託として重要な点は、Aさんの死亡時には信託を終了させることとし、残余財産の帰属先を妻にしておくことです。
まとめると、もしAさんが全ての相続財産の帰属先を決めているならば、遺言を利用する方が簡便です。信託は、一部財産については帰属先が決まっている場合の利用に適しています。また、信託は遺言と異なり公開性があるため(信託登記)、遺言のように被相続人だけが内容を把握しているということがなく、相続人が将来の財産の帰属を知れ、安心できるのです。
アの解決方法
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
・イについて
本件のように、先祖代々で受け継いできた不動産などについて、自らの死後には妻に利用させたいが、妻の死後には妻の親族ではなく自身の兄弟姉妹に相続させたいという場合があります。
このような場合には、遺言で妻に財産全部を相続させた上、さらに妻に自身の弟に遺贈する旨の遺言をしてもらうことも考えられます。しかし、この方法では妻が心変わりして、遺言を書き直すという可能性が残り、本人の希望が実現される保証がありません。
そこで、信託の利用が考えられます。本件の事例で考えると、信託財産は賃貸物件で、委託者はAさんです。目的は財産の管理と受益者の生活支援とします。受託者については、Aさんの弟が考えられますが、適性を踏まえた上で、第三者である信託会社を受託者とすることも考えられます。弟を受託者とする場合には、弁護士などの専門家を信託監督人に置いておけば安心です。受益者については、当初受益者をAさん、第二受益者を妻、第三受益者を弟に指定しておきます。このように受益者の死亡により受益権が移転する「受益者連続型信託」とします。これにより、前もって財産の帰属先を決定でき、妻の親族に財産が移ることを防止できます。
注意点としては、受益者の死亡により受益権が移転するときに、次の受益者に相続税がかかることがあります。また、受益者連続型信託には30年の有効期間があるため、30年以内に弟が受益者にならない場合には受益者の指定が無効になってしまいます。
イの解決方法
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
事例11 相続対策・受益権複層化信託
(1)事例・希望
A(80代男性)は、賃貸アパートを有し、その1室に妻と居住しており、3人の子とは別居している。Aは自分の死後は妻にこれまで通り自宅での生活を続けさせたいと考えている。妻がアパート相続の税を負担することは可能である。しかし、子らはAからの相続を期待している節があり、遺産分割や子らの遺留分請求があった場合には妻に更なる負担が生じるので、妻はアパートを売却せざるを得なくなる可能性がある。 |
Aの希望は、子らに相続における不満を与えずに、妻がこれまで通りアパートに暮らし、アパートの賃貸料から生活費を捻出できるようにしたいということになります。
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
(2)解決方法
信託のスキームとして、受益権を複層化する方法が考えられます。
Aは遺言信託の委託者となり、賃貸アパートを信託財産、目的を「信託財産の管理運用、収益受益者の生活支援、元本受益者への信託財産の適切な承継」とします。受託者は信頼の置ける親族等とします。受益者の設定が重要です。子らを信託財産自体を受ける「元本受益者」とします。そして、妻を信託財産の管理運用によって生じる利益を受ける「収益受益者」とします。このように、受益権を元本受益権と収益受益権に分離することを「受益権の複層化」といいます。
信託財産が賃貸不動産なら、元本受益者は賃貸不動産自体の所有権や不動産を売却した場合の代金を取得します。収益受益者は賃貸料から費用を減じた利益を取得します。
この信託を利用することで、妻は信託財産であるアパートに住んだまま、収益受益者として賃貸料を生活費に充てることができます。子らは信託中はアパートから生じる利益を得ることは出来ませんが、元本受益者として信託終了後に信託財産を取得できる立場にあります。また、妻が死亡した場合には信託が終了し、妻の相続人である子らは妻から収益受益権を承継することになります。このように、子らは最後には完全な受益権を取得するのでA(父)死亡時の相続でアパートからの利益を得られなくとも、遺留分が侵害されたとの主張はできないと考えられます。
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)
なお、収益受益権につき元本受益者とされた者が当初収益受益者から連続して取得する受益者連続型の場合(本件のように収益受益者の死亡により収益受益権を元本受益者が相続する場合も含む)には、信託時点では元本受益権については税制上価値移転が0とされ、課税されません。つまり元本受益者が収益受益権を取得するときに、元本受益も加味して信託財産全体について課税されることになります。