【事業信託】

事例1 後継者が決まっているケース(唯一の相続人)

(1)事案・希望 

A会社を立ち上げ、40年守ってきた社長が、自身の年齢を考え後継者への引継を検討している。一人息子を後継者に選んでいるが、まだ経営者としては経験不足なため、しばらくは社長が経営を続けて息子に教育を行うつもりである。会社には立ち上げ当時から右腕として共に働いてきた取締役がいる。会社の株主は社長が100%の株式を保有している。また、妻には先立たれているので、社長の親族は後継者である息子一人である。

 社長の希望はA会社の事業を後継者となる息子にスムーズに承継したいということになります。具体的には①社長の株式を全て息子に移転したい、②息子に経営を任せられるようになるまで社長が経営をつづけ、息子を教育したいということになります。

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

(2)解決方法

△生前贈与
 比較的簡便に社長の株式を息子に移転することが可能ですが(①)、社長がすぐに経営権(株式)を手放すことになるため希望②に沿いません。また、息子が贈与税を用意する必要があります。
△相続
 相続の場合には、息子の他に親族もいないので、社長が亡くなれば当然に息子が全部の株式を取得することとなります。特に手続きがいらない点はメリットといえます。
 もっとも、株式を相続しても株式の名義書き換えの手続きが必要であり、息子が後継者として議決権を行使できるようになるまでにある程度の時間がかかります。その間、会社の経営に空白が生じるという点でデメリットがあるといえます。また、相続は死亡した場合に生じるもので社長が事故・病気等で意識不明の状態が続いた場合には対応できません。
〇信託
 信託を用いれば、社長の希望を叶えることが可能です。採り得る信託のスキームはいくつか考えられます。

スキーム①自益信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 このスキームでは信頼のおける取締役を受託者として、社長が保有している株式を信託します。特に注意すべきなのが、信託する株式について「議決権行使の指図権」を委託者が有することを設定しておくことです。信託では原則として信託財産の管理処分権が受託者に移るため、指図権を設定しておかないと委託者兼受益者が株式の議決権行使をできなくなってしまいます。
 そして、息子への承継については受益権(指図権含む)の移転事由を設定しておきます。移転事由は任意に設定できるため、社長が死亡した場合や認知症・寝たきりになった場合、息子が〇〇の実績を達成した場合等の事由を設定しておきます。この事由が生じたときに受益者が社長から息子となり、息子は社長に代わって経営権を握ることができます。移転事由は複数定めること、そして各事由の優先順位をつけることが可能です。
 このスキームが最も基本的なスキームです。

スキーム②他益信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 このスキームは①の自益信託と異なり、当初から後継者を受益者としておくものです。
「議決権行使の指図権」を委託者に設定しておくのは①と同様です。②では当初から後継者を受益者とするので、移転させるのは受益権ではなく、指図権のみです。指図権の移転事由についても任意に設定が可能です。①同様、社長の死亡、認知症、寝たきりの場合や息子の経営者にふさわしい業績の達成の場合を設定します。
 
スキーム①と②の使い分け
 社長の希望を達成するという点では①②はほとんど違いがありません。①②で違いが出てくるのは、後継者が税金を払わなくてはならない時期についてです。
 ①の場合には当初の受益者が社長本人なので、信託時点では経済的価値の移転はなく、税金はかかりません。受益者が息子・後継者に移転した時点で税金がかかることになり、移転事由が社長の死亡なら相続税が、それ以外なら贈与税がかかります。
 ②の場合には信託の当初から受益者が後継者となるので、信託の時点で後継者への経済的価値の移転があり、贈与税がかかることになります。
 税金を支払う時期については、後継者がまとまったお金を用意できる時期を考える必要があります。そして、本事案での信託財産は株式であるため、移転時点での株価が経済価値の移転の額になります。将来の株価についても予想を立て、いくらくらい税金がかかるのかを想定する必要があります。そして、税制上有利となるスキームを選択しましょう。

スキーム③自己信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 社長自身が受託者となる方法です。社長が受託者となるので指図権を設定するまでもなく、社長は信託財産である株式について権利行使が可能です。
 このスキームの場合は、後継者に承継するために信託終了時における信託財産の帰属先を設定しておく必要があります。信託の終了事由も任意に設定できます(例、社長の死亡)。
 自己信託では詐害的な利用の防止の趣旨から、公正証書等による設定が必要となります。また、後継者に税金がかかる時期については、他益信託と同様で信託設定時です。

スキーム④後継者を受託者とする信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 スキーム④は後継者を受託者とする方法です。この場合も、委託者に指図権を設定しておき、経営権の実質は社長が有する建付けにしておきます。
 そして、後継者への承継については信託の終了事由を定め、信託終了後の残与財産の帰属を後継者としておきます。このスキームでは、後継者に受託者としての義務や責任が生じるため、まだ経営者の卵である息子には過重な負担となるおそれもあります。そのため①~④のスキームの中では採用されることは少ないでしょう。

事例2 後継者が決まっているケース(相続人複数)

(1)事案・希望

事例1と同様に、高齢になった経営者(社長)が後継者への事業の承継を希望している。後継者とするのは長男であり、事例1とは異なり、社長の相続人が後継者の長男だけではなく、妻、次男、長女と複数存在する場合である。
このような場合の事業承継をスムーズに進めるにはどのような方法があるか。

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(2)解決方法

 事例2は相続人が複数いる点で事例1と異なります。そして、こちらの事例の方が、他の方法と信託の手法の違いが際立ってきます。
 
△生前贈与 
 株式全部の生前贈与は事例①で述べたのと同じく、簡便な方法というメリットがありますが、贈与の時点から経営権が移転してしまうため、社長がしばらく経営に携わり続けて後継者に教育したいという望みには沿いません。
△遺言
 遺言についても比較的簡便な手段であるというメリットがあります
しかし、死亡によって株式が後継者に移転しても、名義書き換えの手続きが必要であり、経営権の空白期間が生じてしまいます。また、遺言は遺言者の翻意で書き換えられるため、後継者の地位が安定しない場合もあります。そして、遺言は死亡した場合しかフォローせず、社長が認知症になったり、事故で長期間の意識不明状態になったりした場合については対応できません。さらに、相続人が複数いる場合ですので、遺留分の問題が生じることもあります。遺留分が問題となった場合、財産的価値のある株式について後継者のみに帰属させることが難しくなります。
△拒否権付き種類株式の利用
 社長が拒否権付きの種類株式を発行・取得し、その他の株式全部を後継者に生前贈与するという方法も考えられます。この方法では、後継者が経営の実権を握り、その決定に対して社長が拒否権で制限を欠けるという形式で、経営指導をするということになります。
社長の希望が後継者へ経営権を移転するまでは完全な経営権を自身が保有することであるならば、この方法は適しません。また、種類株式の発行には会社法上の手続きが必要であるため、それなりの手間とコストがかかります。さらに、拒否権付きの株式につき、いざ社長が亡くなった場合には後継者以外の者に渡らないようにしておく必要があります。
◎信託
 信託を用いれば、社長の希望を叶えることが可能です。この事例においても、複数の信託スキームが考えられます。

スキーム①自益信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 この自益信託のスキームは、相続人が増えたことが違うだけで、事例①の自益信託と同様です。
 社長が委託者兼当初受益者となり、信頼のおける取締役を受託者とします。株式を信託財産とするので、基本的には取締役が議決権を行使することになりますが、委託者が議決権行使の指図権を設定しておくことで実質的な権限は社長が行使できます。そして、この指図権について、後継者である長男への移転事由を任意に設定します(社長の死亡、長期間の意識不明、長男の経営者たる実績の達成等)。
 複数いる相続人との関係では、信託における受益権(株式から配当受ける権利等、議決の指図権は除く)を当初はその100%が社長に帰属するよう設定し、第二受益者として相続人らを設定します。受益権の移転事由も任意に設定が可能です。
 つまり、信託財産である株式の経済的価値をなす受益権については相続人全てに相続分に応じて帰属させ、株式の経営権に関する部分は後継者である長男に独占させることができます。こうすることで、経営権(株式)を長男に独占させることによる遺留分の問題は生じません。
 このスキームは信託の「財産の管理処分と経済的価値を分離して扱うことができる」という特性をうまく利用したものといえます。

スキーム②他益信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 当初から相続人らを受益者として設定しておくスキームです。事業の承継は、議決の指図権を社長に付与したうえで、後継者である長男に移転する移転事由を任意に設定します。
 このスキームでは信託開始の時点で受益者たちに信託財産の経済的価値が移転するので、信託開始時期に納税が必要となります。受益者の担税力を見極めた上で利用するスキームです。

スキーム③自己信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 この自己信託のスキームでは、委託者自身が受託者となり、受益者に信託財産から得られる利益の給付を行います。上記の他益信託と同様ですが、社長自身が受託者となるため議決権行使の指図権の設定は不要です。
 後継者への事業の承継は、後継者を残余財産帰属者に設定することで行います。後継者への承継の時期に合わせて信託の終了事由を定めておきます。残余財産帰属者を設定しなかった場合には、信託法の規定にしたがって残余財産の帰属が決まるので、株式を後継者に独占させることが困難です。

事例3 後継者が決まっているケース(相続人でない者)

(1)事案・希望 

会社の100%株主である社長が高齢になり、後継者に会社の経営を承継したいと考えている。後継者には長年、自身の右腕として経営に携わってきた取締役を選んだ。社長の相続人には子が3人いるが、会社経営には関心がない。
 後継者である取締役に社長の保有する株式を移転する必要があるが、取締役は相続人ではないため、どのような方法であればスムーズに承継ができるか。

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

(2)解決方法

〇△ 生前贈与
 社長が取締役に全部の株式を贈与するという方法です。簡便な方法であり、社長が経営権を即時に取締役に委ねていいという場合に採り得る方法です。譲り受ける取締役には贈与税がかかります。
 社長がしばらくは経営権を握ったままにしておきたいという場合にはこの方法は採れません。
△遺贈
 遺贈の方法は、取締役に全部の株式を取得させるので、相続人から遺留分減殺請求を受けるという問題が生じます。また、株式の取得から名義書き換えまでの空白期間が生じてしまいます。
〇信託
 信託ならば社長の希望を叶える複数のスキームがあります。

スキーム①自益信託
(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 社長を委託者兼受益者、後継者である取締役を受託者、信託財産を株式とします。議決権行使の指図権を社長に付与しておき、社長が経営を行えなくなる事由(死亡、認知症、事故等)を指図権の消滅事由とします。指図権が消滅すれば信託の原則通りに、受託者が権利行使できるようになります。こうすれば、後継者の取締役が指図権の消滅とともに、経営権を取得できます。
 相続人との関係については、受益権で調整します。当初は受益者を社長に設定しておき
、移転事由を設定して、相続人ら及び後継者の取締役を第二受益者とします。例えば、相続人の子らは各30%ずつ受益権の配分を受け、取締役は10%の配分を受けるというものが考えられます。なお、受託者が受益者を兼ねる場合には、信託が1年で自動終了するのですが、今回のスキームでは受託者が取得するのが受益権の一部であるため、自動終了とはなりません。
 またこのスキームでは、信託の終了事由や終了時における信託財産の帰属先も注意して決めておく必要があります。社長の希望が、取締役が経営に耐えなくなった場合には、自らの相続人に会社を託したいというのであれば、例えば、終了事由は「取締役〇〇の死亡、認知症と診断されたこと等」、残余財産帰属先は「長男、長女、次男で法定相続分に従い配分」と設定しておきます。

スキーム②他益信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 この他益信託のスキームでは、受益権を2種類に組み替えます。例えば、受益者1を「会社株式に割り当てられる配当の10%と議決権行使の指図権を取得する者」、受益者2を「会社株式に割り当てられる配当の30%を取得する者」としたうえで、取締役を受益者1、相続人の子らを受益者2に設定しておくということが考えられます。こうすることで、経営に興味のない子らは配当を得られるので不満を持ちにくいですし、後継者である取締役は10%の配当を得ながら指図権により会社の経営を握ることができます。

事例4 後継者が決まっていないケース

(1)事案・希望

高齢となった社長(100%株主)がA会社を後継者に引継ぎすることを検討している。後継者については、明確には決まっておらず、長男か長女のどちらかにするつもりである。長男、長女共にA会社で働いており、社長は二人の今後の働きぶりをみて後継者を選びたいと思っている。会社には、信頼を置いている取締役がいる。社長が亡くなった場合の相続人には、長男と長女の他に妻がいる。

 社長の希望としては、スムーズに事業を承継したいということになります。後継者が決まっていないため、社長が元気で判断力があるうちに後継者を決定できればよいですが、不慮の事故や判断能力の喪失・低下に備える必要があります。希望を叶える方法として、他の方法はとりづらいので、信託の方法を検討します。

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

(2)解決方法

△他の方法
〇信託
 以下の2つのスキームが考えられます。
スキーム① 委託者が後継者の条件を設定する場合

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 このスキームでは、社長が委託者兼受益者、取締役を委託者とし、株式を信託財産とします。そして、議決権行使の指図権を社長自身に付与します。その上で、議決権行使の指図権の移転事由を設定します。この移転事由については、後継者にふさわしい条件を設定します。例えば、「長男または長女が〇〇の業績を達成したときに、先に達成した方に移転する」などと設定します。社長亡き後の受益権の移転に関しては、各相続人の遺留分に配慮して配分の割合を決定しておきます。
 
スキーム② 委託者が第三者に後継者選択を委ねる場合

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 このスキームでは、委託者が第三者に後継者の選定を委ねる場合を想定しています。会社の状況に合わせて、最も適当な後継者を選んでもらいたいという場合に利用します。
 委託者兼受益者を社長自身、受託者を信頼のおける取締役、信託財産を株式として、社長に株式行使の指図権を付与することはスキーム①同様です。
 異なるのは、取締役や取締役会など社長が信頼を多く人物・機関を受益者指定権者に指定することです。つまり、社長の後に受益者となる第二受益者について、第三者に決定権限を与えておくということです。特に区別しない限り、受益権には株式行使の指図権も含まれます。こうすることで、もし社長が後継者を選ぶことなく死亡、判断能力を喪失した場合にも信頼できる人物・機関に後継者の決定を託すことが出来ます。受益者指定権者の指定に際しては、「長男、長女のいずれかから第二受益権を指定する」という制限を加えておくことが可能です。
 さらに、長男、長女間での株式の経済的利益の配分をめぐる争いを予防する観点からは、受益者指定権者について「長男、長女のいずれかから第二受益者・甲を指定する。」、第二受益者について「第二受益者・甲はA社株式の配当の50%を受けるとともに、議決権行使の指図権を有する。第二受益者・乙はA社株式の配当の50%を受ける。」等の設定をしておくこともできます。第二受益者・甲を後継者としたうえで、他方の第二受益者・乙には経営権は与えないが、経済的利益を与えて不満を生じさせないようにする構成です。

事例5 事業用の財産を承継するケース

(1)事案・希望 

高齢の社長がおり、会社の後継者は長男とすることが決まっている。社長の相続人は妻が亡くなっているため、後継者である長男含め三人の子である。問題は会社が社長個人の名義の土地建物を利用しているので、社長が亡くなった場合には、三人の子に相続され共有状態となり、会社の使用に支障が生じるおそれがあることである。

(2)解決方法

〇△ 遺言
 遺言で後継者である長男に単独で土地建物を相続するように指定できれば、簡便な方法となります。もっとも、遺言による方法では、相続財産に他の財産がない場合や長男に十分な資産がない場合には、他の相続人から遺留分減殺の主張がなされて単独での土地建物の相続ができないおそれがあります。
〇 信託
 信託では、不動産の共有化を防ぎつつ、遺留分に配慮した方法をとることができます。

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 このスキームでは、委託者兼受益者を社長自身、受託者を取締役などの信頼置ける人物、信託財産を土地建物とします。特別条項として、受託者が会社との間で、社長生存中は使用貸借契約を、社長の死後は賃貸借契約を結ぶよう設定しておきます。こうすることで、社長死亡後に土地建物の経済的価値と管理処分権を分離することができ、不動産の管理処分は受託者が行いながら、賃料収受権による経済的利益は受益者である相続人の子らが受け取ることができます。そして、受益権については遺留分に配慮した配分割合で設定することで、遺留分減殺請求を受けるリスクを無くすことができます。

事例6 他の会社に事業を引き継いでもらうケース

(1)事案・希望

 

小売事業とリース事業を営む社長Aが、高齢になり事業の承継を考えている。リース事業は近年始めたもので、現在黒字であり成長も見込めるので、第三者に経営を委ねたうえで、自身が生きているうちは利益はいままでどおり自分たちの生活費に充てたい。小売事業については、愛着もあり生涯続けていくつもりである。
 事業承継の相手は旧知の社長Bを希望しているが、BとしてはAのリース事業についてしっかり把握した上で承継するか決めたいと思っている。社長Aには息子がいるが、Aの事業とは関係のない仕事をしており、事業を承継させることは考えていない。

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

(2)解決方法

〇△事業譲渡
 社長Aの「リース事業をBに引き継いでもらい、自身の生存中は事業からの利益を生活費に充てたい」という希望は事業譲渡の手段でも叶えることが可能です。もっとも、社長Bはリース事業についてしっかり見極めてから判断したいとしており、即時の事業譲渡はBの希望に沿いません。
〇信託
 AB両者の希望を叶える方法として事業そのものの信託の方法があります。事業譲渡では一旦譲渡してしまうと、BからAに事業を返すことはAの同意なく行うことはできません。対して信託では、あらかじめ条件を設定しておくことで、BがAに事業を返還することが可能です。
 ここでは、自益信託によるスキームを紹介します。

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 委託者兼受益者をA、受託者をB(またはBの会社)とします。信託財産はリース事業とします。このスキームにより、受託者に事業の経営を委ねた上で、事業から受ける利益は受益権により獲得することができます。
 B(またはBの会社)は信託設定契約の中で定められた信託報酬を取得することができます。
 また、信託設定契約の中で、AとB(またはBの会社)は信託した事業の帰趨を定めておきます。例えば、1年間の期間を設定して、その期間の業績の見込み次第ではBがAに事業を返還できる等と設定します。この場合も、Bは信託契約上受益者に忠実義務を負うので、Bによる手抜き経営を防止する法的担保はあります。
 信託終了時にBに事業をそのまま承継させるなら、終了時の信託財産の帰属先をBに設定しておきます。

事例7 資金調達スキームとしての信託

(1)事例・希望

 

 Aは甲株式会社を経営しており、主な事業であるキャラクターグッズの製造販売の事業は順調である。他方で数年前に立ち上げたスマートフォンのアプリ開発事業では黒字を出せないでいる。そうした状況であったが、大手のアプリ開発会社に勤めていた者の引き抜きに成功した。この社員の新たなアプリ開発のアイデアが素晴らしいので、融資を受けて事業として実現したいと考えている。しかし、これまでのアプリ開発事業の不採算から、銀行は融資にいい顔をしない。順調なキャラクターグッズ事業の価値を利用してなんとか資金調達できないか。

 Aの希望としては、キャラクターグッズ事業の価値を利用して、新たな事業のための資金調達をしたいというものになります。


(2)解決方法

 キャラクターグッズ事業の事業価値を資金に換える方法としては、事業譲渡や会社分割の方法がありますが、Aの希望からは順調なキャラクターグッズ事業を手放してまで、新規事業をしたいということまではうかがえないので、これらの方法はとれません。
 種類株式(トラッキングストック)の発行という方法もありますが、定款の変更など一定煩雑な手続きが必要である難点があります。
 そこで、信託による方法を検討します。信託の方法としては、①自己信託の方法、②自益信託の方法が考えられます。
 
①自己信託

(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 この自己信託方法では、委託者兼受益者を甲社、信託財産をキャラクターグッズ事業とし、受託者も甲社自身となります。
 信託受益権を当初は甲社が保有しておくことにします。このままでは、自己信託として1年で信託が終了するので、1年以内に投資家や企業家なども第三者に信託受益権を買い取ってもらいます。こうしてキャラクターグッズ事業に関する受益権を売却して、資金を得ることができます。
 この自己信託によって、キャラクターグッズ事業の運営はAが続けたうえで、同一会社内の財産の分化が達成できます。会社分割や事業譲渡と異なり、従業員移籍や知的財産移転の問題が生じないこともメリットであるといえます。信託の手続としても、公正証書等の法定の手続きは踏む必要がありますが、自社内で完結するので、簡便といえます。

②自益信託

img(イラスト提供:8suke/人物イラスト館)

 自益信託の方法は図としては自己信託とほとんど同じで、受託者が他の会社である乙社となっています。キャラクターグッズ事業に関する受益権を設定して、これを売却して資金を得るのは自己信託の場合同様です。
 乙社は、事業を託すのにふさわしい信頼のおける会社です。信頼のおける会社がある場合のスキームとなります。
 また、自益信託では事業譲渡同様の手続が甲・乙両社内部で必要となり、事務処理上煩雑となるという難点があります。

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