遺産分割の前提問題について
遺産分割をスムーズに行うためには、事前に解決しておかなければならない問題がいくつかあります。このような問題のことを「遺産分割の前提問題」といいます。
前提問題について相続人間に争いがあるまま遺産分割を進めてしまうと、その遺産分割が無効となり、もう一度、初めから遺産分割をやり直すことにもなりかねません。
この記事では、遺産分割の前提問題としてどのような問題があるのか、そして前提問題を解決する方法についてご説明します。
1 遺産分割の進め方~遺産分割の前提問題~
遺産分割は、次の流れで進めていきます。
①相続人の範囲(誰が相続人となるのか)を確定する。
②遺産の範囲(被相続人の財産がどれだけあるのか)を確定する。
③遺言書があれば、基本的には遺言の内容に従って遺産を分ける。
④遺言書がないか、相続人全員が合意する場合は遺産分割協議で遺産の分け方を決める。
以上4つのステップのすべてにおいて、前提問題が潜んでいる可能性があります。
以下では、各ステップで発生する可能性がある前提問題について、詳しく解説していきます。
2 相続人の範囲
相続人の範囲は、基本的には戸籍謄本(改正原戸籍謄本や除籍謄本も含みます。)を収集すれば確定できます。
しかし、戸籍が事実と異なる状態になっていると、相続人間で争いが生じることがあります。実務上、よくある具体例として次のようなケースが挙げられます。
・被相続人に認知されていない隠し子だという人物が現れた。
・母が不倫して産んだ子が父(被相続人)の実子として届け出られている。
・養子が認知症だった被相続人の署名を偽造して養子縁組届をした。
・被相続人が偽装結婚や偽装離婚をしていた。
・相続人の中に生前の被相続人を虐待していた人がいて、相続人から廃除すべきである。
・相続人の中に長年行方が知れず、生死不明の人がいる。
これらの問題がある場合には、家庭裁判所の調停又は審判、あるいは裁判(人事訴訟)で解決しなければ、相続人の範囲を確定できません。
具体的には、認知請求や親子関係不存在確認、養子縁組無効確認、婚姻無効確認、離婚無効確認、推定相続人の廃除、失踪宣告、その他、争いの内容に応じた法的手続きをとる必要があります。
3 遺産の範囲
遺産分割の対象となる遺産の範囲は、基本的には遺品整理をするなどして財産調査を行い、被相続人名義の財産をリストアップすれば確定できます。
しかし、財産調査をしても遺産がどれくらいあるか不明確であったり、特定の財産の所有権について争いがあったりすると、そのままでは遺産の範囲が確定しません。例えば、次のようなケースがよくあります。
・そもそも遺産の全体像が不明確で、「もっと遺産があるはず」と主張する相続人がいる。
・被相続人名義の不動産について、相続人の1人が生前贈与を受けたと主張している。
・被相続人が子どもや配偶者名義の口座に積み立てをしていた。
・被相続人の預貯金を一部の相続人が勝手に引き出して使ってしまった。
これらのケースでは、相続人間の協議によって同意を得るか、又は遺産確認訴訟や不当利得返還請求訴訟といった民事訴訟によって、遺産の範囲を確定させる必要があります。
民事訴訟を行う裁判所は、訴えの対象となる財産の額によって異なりますが、地方裁判所又は簡易裁判所です。
4 遺言の効力・解釈
遺言書で遺産分割の方法が指定されている場合、基本的にはその内容に従って遺産分割を行います。
しかし、次のケースのように、遺言の効力や解釈に争いがあることも少なくありません。
・自筆証書遺言があるが、法定の要件を満たしていない。
・遺言書の作成当時、遺言者が認知症を発症していた。
・相続人の1人が遺言書を偽造・変造した疑いがある。
・遺言書の文言が不明確で、遺言者の真意についての解釈が分かれる。
遺言の効力や解釈に問題があったとしても、相続人全員で協議して合意が得られるのであれば、どのような内容でも遺産分割を進めることが可能です。
しかし、遺言の内容どおりに遺産を分割すべきであるという相続人と、遺言が無効であると主張する相続人が対立している場合には、そのまま遺産分割を進めることはできません。
そこで、遺言無効確認訴訟などの民事訴訟によって、遺言の効力や解釈を明らかにする必要があります。
ただし、遺言無効確認訴訟を起こす前には調停をしなければならないと定められていることに注意が必要です。
まずは家庭裁判所に調停を申し立てて、それでも解決できない場合に、地方裁判所に遺言無効確認訴訟等を提起することになります。
5 遺産分割協議の方法・効力・解釈
いったん遺産分割協議が行われた場合でも、遺産分割協議書の効力や解釈が争われることがあります。
まず、遺産分割協議の方法として、相続人全員が参加しなければならないという決まりがあります。したがって、1人でも協議に参加しなかった相続人がいる場合は、遺産分割協議書は無効です。
その他にも、次のようなケースでは遺産分割協議書が無効となります。
・参加した相続人の一部が認知症などで意思能力を欠いていた。
・相続人の中に未成年者がいるのに特別代理人を選任していない。
・合意した内容が公序良俗に反している。
また、次のようなケースでは、遺産分割協議の取消しが可能です。
・重要な事項について勘違いをしたまま協議が成立した。
・一部の相続人が他の相続人に騙されたり、脅されたりして同意させられた。
その他にも、遺産分割協議書の文言が不明確で、解釈が分かれることもあるでしょう。
これらの場合でも、相続人全員で再度話し合って同意が得られるのであれば、遺産分割協議書のとおりに、又は内容を変更して遺産分割を進めることができます。
しかし、相続人間で折り合えない場合には、まずは家庭裁判所に調停を申し立てて、それでも解決できない場合に、地方裁判所に遺産分割協議無効確認訴訟や遺産分割協議不存在確認などの民事訴訟を提起します。
6 遺産分割協議・遺産分割調停・遺産分割審判における前提問題の取扱い
前提問題に争いがあったとしても、遺産分割協議を進めることは不可能ではありません。協議の中で相続人全員が納得すれば、そのまま遺産分割を進められる可能性もあるからです。
ただし、争いの種を残さないためには、前提問題は訴訟などで解決しておく方が望ましいといえるでしょう。
遺産分割調停や遺産分割審判については、前提問題に争いが残っている状態で申し立てても裁判所から取下げを求められるのが実情です。
なぜなら、調停や審判でいったん遺産分割を行っても、後に前提問題に関する判決が出ると調停や審判が覆される可能性があるからです。
つまり、前提問題を残したまま、いきなり遺産分割調停や遺産分割審判を申し立てても無駄に終わる可能性が高いことに注意しましょう。
前提問題に争いがあるときは、先に訴訟などで解決し、その後に必要に応じて遺産分割調停や遺産分割審判を申し立てることをおすすめします。
前提問題を解決するための訴訟手続きには相続についての専門的な知識や経験が求められますので、お困りの方は弁護士にご相談ください。