遺産分割協議はやり直しできる?判断のポイントや注意点とは
遺産分割協議を終えて協議書に署名・押印した後に「実は手続きに問題があったのではないか」疑問を抱いた場合、遺産分割協議を無効にすることは可能でしょうか。
一度成立した遺産分割協議は原則として効力を持つものですが、一定の要件を満たす場合には無効となります。そこで本記事では、遺産分割協議がやり直しできるケースや注意点を解説します。
遺産分割協議は無効にできる?
遺産分割協議は相続人全員が合意して成立するものであり、一度成立した協議は変更できません。いったん成立した遺産分割協議は、相続開始時に遡って効力を生じます(民法909条)しかし、無効や取消しが認められるケースもあります。本章では無効になるケースを中心に詳しく解説します。
原則やり直しはできない
遺産分割協議は原則やり直しができません。協議の成立によって各相続人の権利関係は確定しており、「気が変わった」「やはり納得できない」といった単純な理由だけでは、成立した協議は無効にできないため注意が必要です。
遺産分割協議書に署名・押印したという事実は、協議内容に合意したことを示す重要な証拠となります。ただし、無効事由や取消事由に該当する場合、無効・取消しを主張できます。
相続人全員の合意があればやり直しはできる
ただし、例外的にやり直しが認められる場合があります。その代表的なケースが、相続人全員の合意によるやり直しです。
最高裁判所は平成2年9月27日の判決において、「共同相続人は、すでに成立している遺産分割協議につき、その全部又は一部を全員の合意により解除した上、改めて分割協議を成立させることができる」と判断しています。つまり、相続人全員が合意しているのであれば、やり直しは法律上可能です。
ただし、遺産分割調停や審判といった家庭裁判所の下で得られている結果はやり直すことができません。
作成した遺産分割協議書はどうなる?
やり直しが決まった場合、すでに作成した遺産分割協議書はどうなるのでしょうか。このようなケースでは、新しく遺産分割協議書を作り直す必要があります。
すでに旧協議書に沿って不動産の相続登記がある場合には、所有権抹消登記または更正登記の手続きも必要です。なお、不動産を新たに取得し直す場合は贈与税や譲渡所得税が発生するため、慎重に判断する必要があります。
また、銀行口座の解約・払戻しがすでに行われている場合は、金銭を当事者間でいったん精算した上で改めて分割の協議をすることになります。
遺産分割協議のやり直し・無効・取消しの違い
遺産分割協議が成立した後に、その内容を否定したり修正したりする場合、法的には「やり直し(合意解除)」「無効」「取消し」という3つの考え方があります。これらは原因や要件が大きく異なるため、状況に合わせて正しく使い分ける必要があります。

遺産分割協議をやり直せる無効・取消しの事例
遺産分割協議はやり直しが「できる」かどうかではなく、「しなければならない」ケースもあります。以下のような事情がある場合、行われた遺産分割協議は無効・取消しが可能です。以下に主な事例を解説します。
特定の相続人が参加していなかった
遺産分割は、必ず相続人全員が参加して行わなければなりません。相続財産は相続人全員の共有であり、その処分には共有者である相続人全員の同意を要するためです。
一部の相続人が参加せずに行われた遺産分割は無効であり、やり直しが必要となります。
行方不明の相続人がいる場合には、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立て、不在者財産管理人が代わりに参加することで、遺産分割協議を行います。
また、これまで交流がなかった前妻・前夫との子なども相続人であれば参加してもらう必要がありますので、除外しないように注意が必要です。
判断能力がない相続人が参加した
民法では「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効とする」と定められています(民法第3条の2)。認知症などで判断能力が低下している相続人がいるなど、意思能力を有しない者が含まれていた場合、遺産分割協議は無効です。
注意点として、判断能力が低下している相続人がいても、その方を除いて遺産分割協議を成立させたら無効となる点です。成年後見制度を利用し、成年後見人が代わりに協議に参加することが必要となります。
特別代理人がいない未成年が参加した
相続人が未成年者の場合、原則として法定代理人が代わりに遺産分割に参加する必要があります。しかし、未成年者が相続人となる場合は、その法定代理人(親)も同じく相続人であるケースもあります。
この場合は利益相反関係が生じるため、未成年者のために家庭裁判所へ申立てを行い「特別代理人」を選任しなければなりません。利益相反があるにもかかわらず、特別代理人を立てずに母親が子を代理して協議を進めた場合、その協議は無効となります。
無理に合意させていた
特定の相続人を脅すなどによって無理やり合意させた場合は、その遺産分割協議を取消しできます。
特定の相続人に対して、「合意しなければ危害を加える」と脅したり(強迫)、あるいは重要な事実を隠して騙したり(詐欺)することによって、無理やり遺産分割協議書に署名・捺印をさせた場合、その合意は法律上有効なものとは認められません。
相続人以外の当事者が協議に参加した
相続人でない者が遺産分割協議に参加した場合、遺産分割協議は無効です。例として、相続人ではない親族が参加したり、友人や知人が勝手に代理人になっているケースなどは無効にできます。
遺産の特定などに虚偽があった
この事例は「無効」と「取消し」の両面から整理する必要があります。
1.無効となるケース
遺産分割協議の重要な前提事実について虚偽があった場合が挙げられます。例として、実際には存在する相続人を意図的に除外して協議を成立させた場合、その協議は無効です。
2.取消しとなるケース
相続財産の内容に虚偽があった場合は、詐欺(民法96条)または錯誤(民法95条)を理由とする取消しできます。たとえば、相続人の一人が「財産はこれですべてだ」と虚偽の説明をし、多額の預金や不動産の存在を隠したまま協議を進めた場合、騙された相続人は詐欺を理由に協議を取り消すことができます。また、財産の存在や価値について重大な勘違いをしたまま合意してしまった場合は、錯誤を理由とした取消しが認められる可能性があります。
うっかり協議内容を勘違いしていたらどうする?
遺産分割協議時に遺産内容を誤解していたなどの理由で、うっかり協議内容を勘違いしたまま合意した場合には、一体どうなるのでしょうか。この章では取消しできる可能性について解説します。
遺産分割協議のやり直しや取消しが難しいケース
遺産分割協議における取消権は永遠に行使できるわけではありません。
【取消権の時効】
- 追認できる時(例・騙されていると気付いたなど)から5年
- 遺産分割協議の時から20年を経過したときも、時効によって消滅します。
無効事由があり、遺産分割協議自体の無効を主張する場合は期限がありませんが、問題が長期化するとその他の相続人が亡くなってしまうなどで複雑化するおそれがあります。いずれもまずは早期に弁護士へ相談することがおすすめです。
また、相続人全員の合意があるような場合には、遺産分割協議を解除してやり直しできますが、第三者の権利を害することはできません。
たとえば、遺産分割によって不動産を取得した相続人がその不動産をすでに第三者に売却し、所有権移転登記まで完了している場合、取消しや無効を主張しても、その第三者の権利は保護されます。
遺産分割協議を取消しできるケース
遺産分割協議において、重要な事実について誤解(錯誤)があった場合には、その協議を取り消すことができます(民法95条)。「錯誤」とは、契約や合意をする際に重要な事実について誤解したまま同意が行われた場合を指します。
ただし、錯誤による取消が認められるためには、その勘違いが協議の「重要な部分」に関するものでなければなりません。気が変わったなどの理由や、話し合いを聞き流しており内容を十分に確認しなかった場合などは認められていません。
脅迫や騙された場合は取消しできる
前述のとおり、詐欺・強迫を理由とする取消しが認められています。
取消しを主張する場合は、取り消す旨の意思表示を相手方に行う必要があります。また、詐欺・強迫・錯誤があったことを証明する証拠の収集・整理が重要となるため、早期に弁護士へ相談することがおすすめです。
遺産分割協議に含まれていない財産が見つかった場合
遺産分割協議でよくある悩ましいケースに、協議の合意後に新たな被相続人の財産が見つかるケースがあげられます。このようなケースはどのように対応するべきでしょうか。本章で詳しく解説します。
遺産分割協議書に特定の記載があればやり直しは不要
遺産分割協議が成立した後に、協議に含まれていなかった財産が新たに発見されることがあります。このような場合、あらかじめ遺産分割協議書に「本協議書に記載のない遺産については、相続人○○が取得する」などの一般条項(残余財産条項)が設けられていれば、その条項に従って帰属が決まるため、改めて協議をやり直す必要はありません。
遺産分割協議書を作成する際には、このような条項を盛り込んでおくことで、後から財産が発見された場合のリスクを軽減できます。
新たに見つかった財についてのみ話し合えばOK
残余財産条項が設けられていない場合や、特定の財産についてどのように扱うかを改めて明確にしたい場合は、新たに発見された財産についてのみ遺産分割協議を行えばOKです。遺産分割協議全体をやり直す必要はなく、追加で協議書を作成し、当該財産の帰属を決定します。
ただし、新たに見つかった相続財産が高額だった場合、相続人全員の合意を経て遺産分割協議全体をやり直す方法も検討できます。
遺産分割協議を新たにやり直す場合のポイント
これから遺産分割協議をやり直す場合には、あらかじめ押さえておきたいポイントがあります。主なポイントは相続税と遺産分割協議書の作成についてです。以下で詳しく解説します。
相続税申告はどうなる?
民法では、遺産分割協議のやり直しは認められているものの、税法上は先に遺産分割協議が確定している場合、その時点で所有権を相続人が有したことになると定めています。つまり、相続税申告を再びやり直すわけではなく、新たに相続財産を取得する人は贈与や譲渡で取得したとみなすため、贈与税や所得税、不動産取得税などの税金が新たに発生します。
相続人全員の合意で「やはり遺産分割協議をやり直そう」と決まった場合でも、税金面のデメリットは大きいため、まずは一回目の遺産分割協議を丁寧かつ慎重に終えることが重要でしょう。
ただし、遺産分割協議が法的に無効な場合は、贈与税や所得税などは課税されません。無効となった遺産分割協議にてすでに相続税を申告している場合は、修正申告や更正の請求を行います。
遺産分割協議をやり直す場合の流れ
遺産分割協議をやり直す際の手順は、やり直しの理由が「合意解除」なのか「無効・取消し」かによって大きく異なります。それぞれの流れを以下で整理します。
相続人全員の合意によるやり直し(合意解除)
相続人全員がやり直しに同意している場合は、旧協議を解除する旨の合意書を相続人全員で作成します。「令和○年○月○日付遺産分割協議書を合意により解除する」という内容を明記し、全員が署名・実印で押印します。次に、新たな遺産分割協議書を作成し、改めて全員で署名・押印します。
その後、不動産の登記が完了している場合は所有権抹消登記または更正登記の手続きを法務局で行い、金融機関に対しても新たな協議書をもとに届出を行います。相続税申告との関係では、やり直しによって取得財産の内容が変わる場合は修正申告または更正の請求の要否を税理士に確認しましょう。
無効・取消しを理由とするやり直し
無効事由または取消事由が明らかで、相続人間に争いがない場合は、全員の合意のもとで新
たな協議書を作成し直すことができます。旧協議が無効であることを確認した上で、改めて正しい手続きで協議を行い、協議書を作成します。
相続人間で争いになった場合には「遺産分割調停」や「遺産分割の無効確認請求訴訟」を検討できます。「どのパターンで解決するか」専門的な知識を要するため、まずは弁護士へ相談することがおすすめです。
まとめ
遺産分割協議のやり直しは、単純な手続きのミスだけでなく、親族間の新たな対立や、予期せぬ多額の課税リスクも見据えた上で進める必要があります。また、無効や取消しを主張する場合は、調停に発展する可能性も高いため、弁護士が欠かせません。まずはお気軽に当事務所へお問い合わせください。
















